側弯症の自然経過(特に何も治療しない場合の経過)については、いくつかの論文が報告されています。
この自然経過に基づいて、現在の側弯症治療が考えられている部分もあります。
今回は、特発性側弯症をほっといたらどうなるかについてまとめてみます。
1.特発性側弯症の特徴
特発性側弯症の「特発性」とは「原因のはっきりしない」という意味です。
つまり、側弯症を引き起こす原因となる他の病気がないにも関わらず、側弯症を発症したものを特発性側弯症と呼びます。
特発性側弯症は、遺伝要因と環境要因とが絡み合って発症すると考えられています。
発症する時期としては思春期が最も多いです。
男女比は圧倒的に女子が多いです。
軽度の側弯症では自覚症状が乏しい場合も多いですが、進行が進むと外見の変化や呼吸機能への影響、心理的ストレスを伴うことがあります。
特発性側弯症の特徴は、いつでもドンドン進行してしまうわけではなく、進行しやすい時期があるという点です。
2.特発性側弯症の進行しやすい時期
特発性側弯症というのは進行していく可能性のある疾患ですが、特に注意しなければいけない時期があります。
それは『growth spurt(グローススパート)』
いわゆる『第二次性徴』と呼ばれる成長期です。
成長期は身長が急激に伸びるなど、骨の急速な成長が起こる時期です。
この急速な骨の変化に伴って側弯症も進行しやすいというのが特徴です。
第二次性徴は個人差がありますが、最も身長が伸びやすい時期は女子で11歳前後、男子で13歳前後とされています。
女子では初潮、男子では声変わりなどが第二次性徴の時期の目安になったりもします。
特発性側弯症の進行について、かなり乱暴に理解しようとすると、「成長期がこれからの子供は進行する」、「成長が止まった大人は進行しない」といった感じです。
ただ、正確には「成長期がこれからの子供」でも進行しないこともあれば、「成長が止まった大人」でも進行することはあります。
確かに子供と比べると大人では進行するリスクは低いのですが、側弯症の重症度やタイプによっては大人であっても毎年、進行してしまう可能性もあります。
適切な時期に適切な治療を受ければ、進行を予防できたり、側弯の程度を改善させることも可能です。
治療を受ければ…と言葉で言うのは簡単ですが、その治療は装具療法や手術のことを指します。
装具療法も手術も身体的には精神的にも苦痛を伴うものでもあります。
「装具なんか学校につけて絶対行きたくない」、「手術を勧められたが怖くてできない」といった方も決して少なくないです。
では実際に治療をせず側弯症をそのままにした子供がどうなりやすいのでしょうか、成長が止まった大人以降ではどうなりやすいのでしょうか?
進行しやすい特徴、進行しにくい特徴などはあるのでしょうか?
3.特発性側弯症の自然経過
側弯症の治療を受けなかった(自然経過した)場合の側弯症の進行の有無や症状の程度について、論文を参考にみていきます。
現在では側弯症を未治療のまま放置することは少ないため、自然経過のデータは一部のものに限られます。
なかでも、アイオワ大学グループのデータがその中心となります。
今回はアイオワ大学のデータを踏まえた論文を中心に側弯症の自然経過について現在わかっていることをまとめていきます。
The Natural History of Idiopathic Scoliosis During Growth: A Meta-Analysis(Di Feliceら, 2018年)
未治療の特発性側弯症をその発症時期によって、乳幼児期(0-3歳)・学童期(4-9歳)・思春期(10歳以降)に分けて自然経過を分析した研究。それぞれの進行した割合は《乳幼児期特発性側弯症:49%、 学童期特発性側弯症+思春期特発性側弯症:49% 、思春期特発性側弯症:42%》という結果でした。いずれの時期に発症した特発性側弯症でも約半数において進行する可能性があることがわかりました。また、進行速度は診断時の年齢によって異なり、なかでも乳幼児期特発性側弯症は最も予測が困難と考察されています。
※この論文はメタ分析と呼ばれるものです。メタ分析とはたくさんの研究結果をまとめて分析する方法です。一つの研究よりも信頼性が高く、医療や治療法の評価にとても役立つとされています。
The prediction of curve progression in untreated idiopathic scoliosis during growth(Lonsteinら, 1984年)
特発性側弯症727例をまとめた研究です。初回診察時のコブ角が5-29°の側弯症の方が対象となりました。進行した割合は全体で23.2%(169名)でした。初回診察時のコブ角および年齢の関係から進行の割合を分析したところ、コブ角5-19°のグループでは、10歳以下:45%、11-12歳:23%、13-14歳:8%、15歳以上:4%でした。一方、コブ角20-29°のグループでは、10歳以下:100%、11-12歳:61%、13-14歳:37%、15歳以上:16%でした。初回診察時の年齢が若く、コブ角が大きいほど進行しやすい特徴があることがわかりました。
※進行の定義は、初回診察時のコブ角19°以下:コブ角が10°以上増加かつ最終診察時のコブ角が20°以上、初回診察時のコブ角20~29°:コブ角が5°以上の増加、とされています。
Health and function of patients with untreated idiopathic scoliosis: a 50‑year natural history study (Weinsteinら, 2003年)
アイオワ大学で1932–1948年に側弯症と診断されたものの未治療であった117名が50年後にどうなっているかを調べた研究。その117名の50年後の年齢は平均66歳でした。同年代の健康者62名と比べて、死亡率・生活能力・腰痛・息切れ・抑うつ・身体イメージなどが調査されました。死亡率・生活能力・抑うつは健常者とほぼ同等。生活上の息切れ(側弯症22% vs 健常者15%)や慢性腰痛(側弯症61% vs 健常者35%)は若干、側弯症の方で多い結果でしたが、大きな支障が出ることは少ないと報告されています。80°を超えるような重度の側弯があると日常生活での息切れが多くなり、さらに100°を超える側弯があると死亡に関わってくる可能性があると示されています。身体イメージについては側弯症の方で少し不満が多い傾向でした。
The Natural History of Adolescent Idiopathic Scoliosis(Weinstein, 2019年)
アイオワ大学の論文です。この論文は、特発性側弯症の進行しやすさや将来の症状について、多くの研究をまとめたレビューと呼ばれるものです。この論文によると、側弯の大きさ(コブ角)が30°以下の方は、将来的に側弯が進行せずそのまま維持される可能性が高いと報告されています。一方で、コブ角が50°以上の方は、将来的にも1年に1°以上進行することがあり、注意が必要とし述べられています。ただし、多くの場合は側弯症だけで命にかかわることはなく、日常生活に大きな支障が出ることも少ないとまとめられています。症状としては、強い痛みや運動制限よりも見た目や姿勢の変化に悩む人が多い傾向があります。ちなみに結婚や妊娠についても言及されておりますが、特発性側弯症の方でも結婚率は健常者と変わらない結果でした。また、出産経験や帝王切開の必要性についても健常者と違いはなく、妊娠によって側弯症が進行する証拠もないと示されています。
★まとめ★
自然経過における進行について
発症時期を問わず、約半数の側弯症は自然経過で進行する可能性があります。 初回診察時の年齢や側弯の重症度によって進行の程度は変わります。
- 進行率は、乳幼児期:49%、学童期+思春期:49%、思春期:42%。
- 初回診察時の年齢が若く、コブ角が大きいほど進行しやすい。初回診察時の年齢が10歳以下でコブ角20°以上の場合は進行する確率は100%。
- コブ角30°以下の側弯で骨成熟に達した場合は、それ以上に進行せず安定する可能性が高い。
- コブ角50°以上の大きな側弯では骨成熟後も年間1°程度進行する可能性がある。特に胸椎カーブでは進行しやすい傾向がある。
自然経過における症状について
軽度〜中等度の側弯は生命予後や基本的な生活機能に及ぼす影響は大きくないですが、重度の側弯では息切れなどによる生活機能の低下や生命予後への影響も生じる可能性があります。
- 軽度〜中等度の側弯であれば、健常者と比べても日常生活を送る能力や生命予後(寿命)は同程度。
- コブ角が80°を超える重度の側弯では、日常生活での息切れが多くなり、生活に支障をきたす可能性がある。
- コブ角が100°を超える重度の側弯では、生命予後にも影響する可能性がある。
- 結婚や出産については側弯症の影響は少ないと言える。
- 心理面では、側弯症の重症度にもよるが、身体イメージに対する不満を持つ傾向がある。
1950年代〜1970年代あたりまでは『側弯症の自然経過は極めて悪い』とされていました。
この背景には側弯症の分類を考慮して研究されていなかったことが挙げられます。
今回取り上げた特発性側弯症以外の先天性側弯症や神経筋原性側弯症などの側弯症も含まれており、これが『側弯症の自然経過は極めて悪い』という認識につながっていました。
今回のまとめた内容のように、特発性側弯症に限れば、一概に全ての方が進行して症状をきたすわけではなく、治療をしなくても健常者と同じように生活できる場合もあることがわかってきています。
一方で、側弯の発症時期が早い場合や側弯の程度が大きい場合は、進行あるいは症状をきたす可能性が高いことがわかっています。
これらの医学的な知見を踏まえて、今日の側弯症治療が構築されています。
実際の診察現場ではこれらのデータだけでなく、患者ごとの個人差・患者家族の希望・医師の経験なども踏まえて、治療方針が決定されております。
《側弯症を治療しない》という選択も場合によっては正しいこともあります。
ただし、側弯症の自然経過のデータから判断すると本当は治療した方がいいのに、その情報を知らなかったがために怖いから《側弯症を治療しない》という選択をしてしまったらきっと後悔してしまいます。
情報を知った上で、治療しない、手術を遅らせるなどと自分で決断できれば、たとえ悪化しても優先すべきことを優先したと納得できるかもしれません。
側弯症に向き合う全ての方が、情報を持って、家族と相談して、主治医と相談して、後悔しない選択ができることを願っています。
<参考文献>
Di Felice F, et al.: The Natural History of Idiopathic Scoliosis During Growth: A Meta-Analysis, 2018.
Lonstein JE, et al.: The prediction of curve progression in untreated idiopathic scoliosis during growth. 1984.
Weinstein SL, et al.: Health and function of patients with untreated idiopathic scoliosis: a 50‑year natural history study. 2003.
Weinstein SL: The Natural History of Adolescent Idiopathic Scoliosis. 2010.
吉田ら:思春期特発性側弯症の長期の自然経過:文献的レビュー.2021.

今回、何度も登場した「コブ角」という指標について、過去のスタディブログで説明していますので、参考にしてみてください💡